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2004/07/20

小樽交通記念館・マニ30見学レポート(2004.07.10)

このページ(記事)は本館の「鉄道趣味の部屋」のHTMLページを移植したものです。日付、文章等は作成当時のもののままとなっていますのでご了承ください。なお情報などは作成当時と異なっている場合がありますので閲覧参考程度にご覧ください(記事に基づく行動判断につきましては、当方は一切責任を持ちませんのでご了承ください。(2025-5月移植)

 

先日、北海道旅行に行って来た際、「幻の荷物車」と呼ばれた「マニ30」を見てきました。
今回はこのレポートをお送りします。


◎場所は小樽手宮の交通記念館

かの存在すら「ネットに書くと削除対象にすらされた」マニ30が、今年の夏から北海道小樽の交通記念館で公開されることになりました。
マニ30の事については他のネットのサイトなどで背景やら詳細をお調べ頂くとしまして。
ここでは実際実車を見てきたレポートをお届けしたいと思います。

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マニ30は今年の春に用途廃止となり、1両が小樽の手宮で保存されることとなって、貨物列車に引かれて北海道の地にやってきました。白石までは列車に引かれて、そこからは一般道経由で手宮の北海道交通記念館まで運ばれてきたそうです。

車両は夏休みに合わせて公開とかいう話だったのですが、日取りが正式に決まったのがちょうど私たちが北海道旅行をする直前でして。その日程を見て思わずニンマリ(笑)。そう、私が北海道を離れるちょうどその日だったので、当然のごとく旅行の重要イベントとして組み込んだのでした(笑)

手宮は行くのが2回目。なぜか新婚旅行の時に行ったのですが(^^;、今回はそれから5年も経っていまして。
頭の中の情報の更新も兼ねての訪問です。

当日は札幌・すすきののホテルから出撃。ちいといろいろほかに観光の予定も立てていたので高速経由で小樽に向かいます。
当日は雲も低く、なーんかいやな予感・・・・・。けど小樽に着いたら天気はまだ持っていまして。

高速を降りて、北一硝子の前を通り手宮方面へ。
小樽運河のまわりは観光客でいっはい。なんかいるところには観光客は山ほどいて、いないところにはとことんいない。
そんな旅行を一週間してきて、改めてそんなのを思い知らされる光景を横目に手宮へ向かいます。

マニ30は日銀所有の現金輸送車だったこともあり、その存在は「公然の秘密」であったそうでして。昔あるネットサービスではマニ30を見た、という話を書き込みしたらすぐ消されたとか、そういう話もよく耳にしたものです(笑)  今は昔の話ですがね。もうマニ30が線路を走る光景を見ることはないのですから。

実際私も1回だけ現車が走っているのをみたことがあります。その時は名古屋発東京行きの高速貨物列車に繋がれていたのを今もはっきりと覚えています。名タを出るときは編成の一番後ろでしたが、稲沢で逆編成になりますので機関車の次位に繋がれて、というスタイルです。展示パネルにも白石でDF500の次位につながれた写真が飾ってありました。

そんな希少貨車の公開ですから、さぞかしファンがいっぱいいるのだろう・・・・・・と思いきや・・・。
行ってみれば駐車場はすっからかん。パラパラしかクルマが止まっていません。直前に道新などに結構大きく取り上げられていたのでちと心配していたのですが、いってみたらガラガラだったのでした・・・・(笑)

940円を払って、中に入ります。
展示館を回り込み、南側へ向かいます。展示物そのものは以前みたこともあるので、家族連れでわざわざ時間を割いたこともあり、今回は目的物のみにターゲットを絞ることとしました(笑)

場所は山側の82系キハ/キシのヨコ、C55と旧型客車の後ろに繋がれていました。

 

Mani01

(現在の入り口は手宮洞窟の方の入り口からのみとなっています。クルマの方が便利かも。)

Mani02_20250503173201

(遂に陽の目を見ることになったマニ30。外側は50系客車と似た物だそうです。)

Mani03_20250503173201

 

 

(出入りの必要が無いので妻面は鉄板だけです)



◎あっけない?

いったら、お客というかギャラリーはぱらぱら。
てっきり行列とか出来ているのかと思ってました(爆)。やはし観光客を引き止めるにはネタとしてはイマイチの存在だったのかも。
今の観光客はサッといってパットみて、チャチャッと買って帰ってしまいますから、この手宮まで観光バスやレンタカー客を引き込んでくるにはちょっと役不足だったったのかも?という感じがしました。

それでも特殊車両の公開という事もあり、ちゃんと入り口出口の札も立ち、係員が立っていまして、テレビ局(私がいたときはHBCだったかな)が取材の撮影をしていました。あとファンかマニアか、という人が数名パラパラ。そんな感じでありました。
当然というか、んなものを家族連れで見に来たのは、その時は私たちしかいませんでした(笑)

Mani04

(まあ、車検切れが運用の中止の一因だったのかも・・・・・(笑))

Mani05

(マニ30と現金輸送、日銀の内部のパネル展示などもありました。)

Mani06

(監視カメラはパナソニック製のモノクロカメラでした(笑))

Mani07

 

 

 

(座席は14系のいす。リクライニングは・・・(笑))

 

小樽にやってきたのは「マニ30 2012」号車。
昭和54年、日車(日本車輌)製のものです。
現金を置くスペースは、前後に1箇所ずつ。真ん中に乗務員の居住設備があり、ここに座席、寝台、監視カメラや給湯設備などが備わっています。
寝台は14系寝台で使われているプルマン式寝台のA寝台の設備が2箇所。で4名分。14系の座席を用いた向かい合わせの椅子が4人分。そしてトイレもあります、という設備内容です。なお、中に扇風機がありましたが、国鉄マークのものとJR東日本のマークのものが混在していました。

給湯設備などの場所にはそのまま使っていました、といわんばかりの設備がそのまま残されていて、電子レンジ、インスタントコーヒーなどがそのままの状態で置かれていました(笑)
電子レンジとナントカを同時に使うな、とかいう紙もそのままでして、製造当時には長い移動の中で電子レンジを使うということは想定もしていなかったのでしょう(笑)

監視カメラは3箇所モニターできるようになっています。2つの荷物室と、車端分にある車掌室も監視するようになっています。
私たちが行ったときには、特別に床下の発電機を回して、実際に監視カメラを作動させてモニターする様子を映し出していました。

 Mani08

(マニ30は愛知生まれでした(笑))

Mani09

(監視カメラがこの日は作動していました)

Mani10

(警備員の為の寝台。14系などと同等ですね)

Mani11

 

 

 

(これは座席に戻した状態。ブルトレ気分でしょうか(笑))

 

現金は専用の箱に入れられ(容箱/ようばこ)、1箱で1万円札で2億円入るようになっているそうです。都合、満パンで走れば数百億円の紙幣などが行き来していたという話になっていたそうです。

とまあ、いろいろと書きましたが、内容はこれでおしまい。
ここでは割愛しますが展示パネルなどもありまして、結構マニ車をお勉強するにはソツない内容でもありました。

Mani15

(電子レンジと電気ポットは同時使用禁止だそうです)

Mani12

(「ようばこ」という現金容器。1万円札なら2億円入るそうです・・・。)

Mani13

(マニ30の台車。高速貨物列車に連結されて走る性能があります(実際みたことあり(笑))

Mani14

(警備員が出入りするために真ん中にも出入り口があるのが特徴です)

◎そのほか

記念館はこのほかSLなども運転されていましたが、展示物によっては傷みが激しいものもあり、遠目に見たものではキロ26なんかはパテ塗りで補修をしている様子も伺えました。
このほか、この旅行では三笠の鉄道村/クロフォード公園にも行ったのですが、こちらも屋外展示物の傷みが非常に激しく、予算が取れない中で産業遺産の類がこのまま行くと朽ち果ててしまうのかなあ、という感を非常に強く受けました。

海が非常に近い場所にあり、果たしてマニたんもどのくらい潮風を受けてもちこたえてくれるのか心配でもあるのですが・・・。

そんな心配をしつつ、次の予定があったので私たち一行は次の目的地へと向かったのでありました・・・・。

(2004.07.20記)

 

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